ランカスター腕時計について

ランカスター(LANCASTER-ITALY)時計は
イタリアのブーリア州の州都「Bari(バーリ)」で
生まれたブランド腕時計です。
バーリはイタリアの南東にある、
アドリア海に面する港湾都市です。

過去には十字軍遠征やエルサレム巡礼の
基地として栄えていった歴史があります。
現在では南イタリア産業の
中心地のひとつでもあります。

「旧」と「新」、「伝統」と「革新」、
「クラシック」と「カジュアル」という、
相反する二つの要素を備えた街の風土が
ランカスターの魅力を生み出しました。

日本におけるランカスター時計

ランカスターはアメリカやヨーロッパでは
注文が殺到するほど爆発的な人気を持っています。
日本ではランカスターは国際線の
スチュワーデスによって紹介され、広まっていきました。
その魅力はスイス鉄道の時間管理の規範として
採用されるほど高いクォリティを誇っていること、
陽気なイタリアらしく、
ポップなフォルムとカラフルな
色使いをしていること、
そして、素材にアルミニウムやステンレスを
ふんだんに使用した大きな樽型や
クッション型のケースをつけていることです。

最近では女優の土屋アンナさんが
ランカスターのイメージモデルとして
使用した事で、知名度も一気に上がりました。
ランカスター時計を身につけているだけで
友達や周囲の人たちから注目されることになるでしょう。

腕時計について

腕時計は、バンド(帯)によって
腕に装着することができる小型の携帯用時計のことです。

場所を選ばず時刻を知ることを可能とする
基本的機能のほかに、さまざまな付加的機能を
併せ持ったものが存在し、
また、服飾コーディネートの一部、
あるいは社会的ステータスをあらわす
装身具としての性格も備えています。
そのため、ごく低価格の実用品から、
高級宝飾品級の超高額品に至るまで、
広範な価格帯の製品が流通しています。

駆動方式は、1980年代以降、
電池利用・水晶発振計時のクォーツ式が主流です。
しかし一方で電気動力を用いず
ぜんまい動力のみによって作動する
旧来の機械式時計は、高級価格帯を中心に
根強い人気があるほか、世界的には
電池入手が容易でないなどの理由から
機械式の腕時計が専ら用いられている地域も存在します。

腕時計の歴史

腕時計は19世紀後半に誕生しましたが、
当初は女性用の装身具としての
位置付けであり、ブレスレットの一種のような
ものでした。実用上も精度は低かったです。

発展の契機は機動性・迅速性を要求される
軍隊用の需要のためです。
それまでの懐中時計はポケットから
いちいち取り出して時間を確認する
必要があり、手首に装着された
腕時計は有利でした。
1879年、ドイツ皇帝ヴィルヘルム1世は
ドイツ海軍用に腕時計を2,000個
製作させたという記録があります。

1899年のボーア戦争で、イギリス軍将兵が
懐中時計を手首に装着したのが
腕時計の最初という説がありますが、
おそらく誤りです。
ドイツの先例もあり、また1895年の日清戦争に
従軍した日本兵の写真に腕時計
(一説に、腕に巻いた懐中時計)が
写っていた例があります。

当時の男性用腕時計は、小型懐中時計の
竜頭位置を横に変えて革ベルトに
固定したものでした。
その後、ムーブメント(時計内部の機械)のみの
共用を経て、腕時計専用のケースと
ムーブメント開発が行われるようになりました。

初期の腕時計

20世紀初頭、一部のメーカーが
腕時計生産を開始しましたが、
男性が携帯する時計は懐中時計が主流で、
腕時計は正式な存在とは見なされていませんでした。

紳士用腕時計として最初に大きな成功を
収めたのはフランスの宝飾品店カルティエ社が
開発した角形ケースの「サントス」で、
1911年のことです。

元々この腕時計はブラジルの大富豪で
航空界の先駆者であったア
ルベルト・サントス・デュモン
(Alberto Santos-Dumont 1873 - 1932)のために
作られたものでした。
サントス・デュモンは飛行船の操縦中、
大きな動作を取らずに時間を確認出来るよう、
ルイ・カルティエに依頼して
腕時計を制作させました。
軍用時計と違い洗練された形態は
パリの社交界で話題となり、
ついには市販されるようになりました。
「サントス」はスポーツ・ウォッチの
古典となり、21世紀に入った現在でも
カルティエの代表的な製品として市販されています。

第一次世界大戦は腕時計の普及を
促す契機となり、戦後には多くの
懐中時計メーカーが腕時計の分野へ転身しました。
この結果、男性の携帯する時計は
懐中時計から腕時計へと完全に移行しました。

第二次世界大戦以前からの主要な
腕時計生産国としては、懐中時計の時代から
大量生産技術が進展したアメリカ合衆国のほか、
古くから時計産業が発達したスイス、
イギリスなどがあげられます。
後にイギリスのメーカーは市場から脱落しました。
アメリカのメーカーも1960年代以降に
高級品メーカーが衰亡してブランド名のみの
切り売りを行う事態となり、
正確な意味で存続するメーカーは
大衆向けブランドのタイメックスのみとなりました。

自動巻腕時計

自動巻腕時計とは、時計内部に
半円形のローターが組み込まれており、
装着者が腕を振ることにより、
ローターが回転しゼンマイを巻き上げる
ことができるというものです。
錘(ローター)を仕込んだ自動巻機構自体は
1770年に発案されていましたが、
ポケットに収まった状態で持ち運ばれる
懐中時計では有効に働かず、装着時に
慣性の働きやすい腕時計において
初めて効果を発揮することになりました。

最初の自動巻腕時計となったのは
イギリスのジョン・ハーウッドが
開発した半回転ローター式で、
1926年にスイスのフォルティス社から
発売されました。
続いてより効率に優れる全回転式ローター自動巻が
スイスのロレックス社で1931年に開発され、
同社は「パーペチュアル」の名で市販、
オイスターケースと呼ばれる防水機構と共に
ロレックスの名を売りました。
現在では全回転ローター自動巻が一般化しています。

自動巻腕時計の多くは、竜頭を用いて
ぜんまいを手巻きすることもできますが、
廉価型の腕時計には構造を簡素化する目的で
自動巻専用としたものもあります。
自動巻は装着されている限り、
ぜんまいの力が常に十分に蓄えられているため、
手巻き式に比べて精度が高くなる傾向があります。

日本の腕時計

日本では1913年、服部時計店(現、セイコー株式会社)が
国産初の腕時計「ローレル」を発売しています。

第二次世界大戦後、日本の時計技術は
着実に進歩していきました。
1955年には国産初の自動巻腕時計
「セイコーオートマチック」が発売され、
その後も「グランドセイコー」、
「シチズン クロノメーター」など、
スイス製の腕時計と比肩しうる
精度の国産時計が続々登場しました。
1964年には東京オリンピックの
公式計時機器として、海外メーカーを抑え、
セイコーの機械式ストップウオッチが採用されました。
これを契機に日本製時計が
世界的に認められるようになりました。

日本の主要な腕時計メーカーは、
電子計算機分野から参入した
カシオ計算機を除くと、すべて懐中時計や
柱時計の分野から参入した企業です。
大手ブランドのセイコーとシチズン時計、
カシオのほか、1897年創業のオリエント
(旧・吉田時計店。オリエントの名称は1951年から)が
業績不振から現在はセイコー傘下にて存続します。
かつては1899年創業のタカノ
(現:リコーエレメックス)(腕時計生産は1957年から)が
存在しましたが、中京圏に本拠を置いたため
1959年の伊勢湾台風で大被害を受けて
業績悪化、1962年にリコーに買収されました。

精度向上と電気動力化

機械式の腕時計には振り子の代用をする
テンプが仕込まれており、その振動数が
高ければ高いほど時計の精度は上がります。
並級腕時計のテンプは振動数が4〜6回/秒の
ロービートですが、高精度型腕時計では
8〜10回/秒の多振動となっており、
ハイビートとも呼ばれます。
現代の機械式時計のうち、スイス製の多くは
ハイビートであり、また日本製でも上級品は
ハイビートが多いです。
ただし、ハイビート仕様とすると
部材の疲労や摩耗が早まり、
耐久性ではやや不利です。

電池エネルギーで作動する腕時計は、
アメリカのハミルトン社 Hamilton が開発し、
1957年に発売されたのが最初です。
これは超小型モーターで駆動する方式で、
調速の最終段階には機械式同様にテンプを
使っていましが、電源をトランジスタで
整流して駆動力の安定を図っていました。
ボタン状の小型電池を使う手法は、
以後の電池式腕時計に踏襲されています。

1960年にはやはりアメリカのブローバ社 Bulova が、
音叉式腕時計「アキュトロン」Accutron を開発しました。
超小型の音叉2個を時計に装備して、
電池動力で一定サイクルの振動を得ます。
この振動を直接の動力に、ラッチを介して
分針時針を駆動するものです。
振動サイクルは毎秒360回と、
クォーツ腕時計以前では最高水準の精度でしたが、
ブローバ社が技術公開やムーブメント供給に
積極的でなかったこともあり、
クォーツショック以降は速やかに廃れました。

クォーツショック

1969年、セイコーは世界初のクォーツ腕時計
(水晶発振式腕時計)「アストロン」を発売しました。
当時の定価は45万円と、大衆車よりも高価でした。

水晶は電圧をかけると一定サイクルで振動します。
水晶発振器の信号を15回分周して
1秒間に1回の信号に変換し、
この信号をステッピングモーターに
与えることで、1秒ごとに秒針を回しています。
この原理自体は第二次世界大戦以前に着想され、
大型置時計は天文台等で使用するために
古くから存在していましたが、
腕時計に使えるサイズに超小型化したのは
セイコー技術陣の努力によるものでした。

それ以前の機械式や電池式の腕時計は、
秒針が連続して滑らかに動く
スウィープ運針でしたが、クォーツ時計では
省電力のために、秒針が1秒刻みで動く
ステップ運針となり、容易に見分けられます。

クォーツ腕時計は通常、発振周波数を
32.768kHz(=215)に調整された水晶を
使用します(この周波数が計時設定上使いやすいためで、
それ以外の数値に設定される例もある)。
振動数の高さは圧倒的で、機械式はおろか
ブローバの音叉式「アキュトロン」をも
遙かに凌ぐ高精度を実現しました。

機械式やそれ以前の各種電池式に比べ
圧倒的に誤差が少ないことから
クォーツ腕時計は1970年代に市場を席巻しました。
その結果スイスなどの高級機械式腕時計ブランドは
壊滅的な打撃を受け、20世紀半ばまで
全盛を誇ったアメリカの時計メーカーは
ほぼ全滅しました。
これを「クォーツショック」と言います。

その後、アラーム機能、ストップウォッチ機能など、
腕時計の高機能化が進む一方、
クォーツ腕時計の低価格化が進み、
かつては高級品であった腕時計が、
子供でも買うことのできるような
身近な商品へと変貌しました。

同時期の1970年、アメリカのハミルトンより
世界初のデジタル腕時計が発売されました。
この腕時計ではLEDを用いて時刻を表示しました。
デジタル腕時計は当初は極めて
高価なものでしたが、液晶表示の導入と
可動部品皆無な構造で大量生産に
適するようになり、低価格化が促進されました。
現代では一般にアナログ式より
廉価な存在となっています。

日本メーカーの凋落

1980年代に入ると、スイス製の高級機械式腕時計が
徐々に人気を取り戻してきました。
精度ではクォーツに劣るものの、
熟練工によって作り上げられた、
いわば血が通った技術とも言うべきものが
再評価され始めたのです。

この時代、欧州での機械式ムーブメント製造の
事情は大きく変わりました。
クォーツ時計登場以降、機械式時計の
メーカーやムーブメント製造を行う
専門メーカーの再編と淘汰が進み、
現在ではスイスの大手メーカーのETA社が、
ヨーロッパの機械式腕時計業界への
ムーブメント供給で大きなシェアを
占めるようになりました。
その過程ではコストダウンのため、
各パーツの生産・加工において大規模に
自動化設備が導入されています。

このため、現状では高級品と並級品とが
同型のETAムーブメントを用いている
ケースも珍しくなくなりましたが、
自動化生産が進んだといえども
機械式ムーブメントは最終的に
人の手によって組立せざるを得ません。
組立(ケーシング)技術・仕上げの技術には
メーカー間の姿勢、熱意、技術等に
差があり、同じETAムーブメントでも
ブランドによっては精度・仕上げに差が出る事も多いです。

無論、ETAムーブメントに頼らず、
自社開発・製造を行っているメーカーも
残っています。
一部の特殊なパーツを除き、
ムーブメントの製造から組み立て、
仕上げまでを一貫して行うメーカーを
「マニュファクチュール」と呼んで特別視します。

このようにして、手軽かつ高機能な
クォーツ時計と、高級な工芸品・嗜好品の
機械式時計という位置づけで
棲み分けがなされるようになりました。

スイス製の機械式腕時計が
右肩上がりの成長を始めるのと同時に、
日本製のクォーツ式腕時計の
業績が急激に悪化しました。
安価な人件費を武器にしたアジア製の
クォーツ時計との価格競争に敗れ、
大幅にシェアを失ったのです。
また、かつては世界的に認められていた
機械式時計技術のノウハウも、
特に人的財産の面で1970年代以降
失われてしまっていました。
皮肉なことに、日本メーカーは自らが生み出した
クォーツ技術に足元を掬われたのです。

新たな腕時計の開発

日本メーカーは復権をかけ、高級機械式腕時計
として1960年代に名声を博した
「グランドセイコー」、「キングセイコー」を
復活させるなど、機械式腕時計の開発に
再度力を入れるようになってきました。
また、日本メーカーは最新の技術を導入した
新しいタイプの腕時計も投入しています。
セイコーの「キネティック」は
自動巻き時計と同様にローターを内蔵し、
腕の振りによって発電を行う、
電池交換不要のクォーツ腕時計です。
装着していない時には、省電力のため、
針の動きが自動的に停止し、再び装着され
振動が与えられると、それを感知して
自動的に現在時刻に復帰する
オートリレー機能を組み込んだ
「キネティックオートリレー」、
小の月だけでなくうるう年においても
正しい日付を示すパーぺチュアルカレンダーの
「キネティックパーぺチュアル」もあります。
新コンセプトの腕時計「スペクトラム」の
発売も注目されています。
近年、セイコーは機械式ムーブメントに、
テンプの代わりにクォーツの調速機構を
組み込みクォーツ時計並みの高精度を
実現した「スプリングドライブ」を開発しています。

一方シチズンの「エコ・ドライブ」は
光発電によって駆動します。
標準電波を受信することにより、
時刻を自動的に補正する電波式腕時計も発売され、
2000年代に入ってから売れ行きを伸ばしています。
電波時計は、基本的にはクォーツで時を刻みますが、
一日に数回、原子時計で管理された
標準電波を送信局から受け取り、
自動的に正しい時刻に修正するため、
電波を受信できる環境にあれば
誤差が蓄積せずいつまでも正しい時を刻むことができます。

またカシオは、腕時計は床に落とせば
たやすく壊れる、という常識に反し、
2〜3階から落としても壊れないという
耐衝撃性能を備えたタフな腕時計、
G-SHOCK(Gショック)を1983年から発売しました。
このGショックは、その頑丈さを買われて、
過酷な状況にある湾岸戦争やイラク戦争などの
戦場で兵士たちに愛用されていたといわれます。

スイスの機械式腕時計も技術革新を怠っていません。
老舗メーカーであるUlysse Nardinが
2001年に発表した「フリーク」は
新しい脱進機の導入により、
潤滑油を不要としています。
オメガは「コーアクシャル」と呼ばれる
新機構を導入し、機械式時計の心臓部である
調速機構との動力伝達を果たす、
脱進機機構(アンクル爪、ガンギ歯)における
摩擦の大幅な低減に成功しています。

さらに、スイスメーカーも新たな
コンセプトを模索しています。
例えばスウォッチは、安価なクォーツ時計に、
鮮やかな色彩、有名アーティストによる
デザイン、少数限定販売という付加価値を
与えることでユーザーの支持を集めています。

だが、近年は電波時計機能付の携帯電話も
登場しており、日本の若者にはあえて
腕時計を使わない者も少なくありません。
手首を見るのでなく、携帯電話をおもむろに
取り出して時間を確認するという、
20世紀初頭の懐中時計時代へ逆行するような
現象も一般化しつつあります。
21世紀の腕時計の展開に与える影響が注目されています。

防水腕時計

腕時計は精密機械であり、内部に水分が
侵入すると故障して作動しなくなります。
人間の活動領域が広がり、時計が過酷な条件に
晒されるようになると、内部の機械を
保護できる耐水ケースの需要が生じてきました。
現在では一般に市販されている
腕時計の多くが、程度の差はあれ、
何らかの防水仕様を備えています。

腕時計の防水機能は、「気圧」もしくは
「水深(m/ft)」で表されます。
基本的には、小雨に打たれたり
日常の水仕事で水がかかっても
大丈夫というレベルの「日常生活防水」(3〜5気圧防水)、
水泳や潜水などで着用する10〜20気圧防水、
そして本格的なダイビングに使用される
潜水用腕時計(数百メートルから極端なものでは
一万メートル防水も)まで様々なレベルがあります。

表示の見方については注意が必要です。
「3気圧防水」と言っても、これだけの
水圧がかかる深度、つまり
「水深20〜30メートルまで潜っても大丈夫」という
わけではありません。
この気圧は、静止した状態でこの水圧に
耐えられるという意味であり、
水中で勢いよく腕を動かせば、浅い水中でも
これ以上の水圧が腕時計にかかることになります。
従って3気圧防水程度では水泳時に着用すると
浸水する恐れがあります。
水深(メートルやフィート)で表される場合には
実際に表記どおり潜ることも可能な
性能を持ちますが、メンテナンスを怠ると
性能を充分に発揮できずに浸水する場合が
あるので、注意が必要です。

ねじ込み式

この種の時計は第1次世界大戦前後に出現しており、
初期の発想としては、ガラスののぞき窓と
竜頭操作用のねじ込み蓋を備えた
別体ケースに腕時計を入れ、ケースごと
ベルトで装着するものでした。
これは防水性は確保できるが
かさばって使いにくく、体裁も悪かったです。

早い時期に近代的な防水構造を採用した
代表例は1926年のロレックス社です。
オイスター社が開発した(ロレックス自身の開発ではない)
削り出しによる一体構造の「オイスターケース」方式を
導入したもので、腕時計本体のケースに
ねじ込み竜頭を備え、従来よりコンパクトで
スマートな防水時計を実現しました。
1928年にはロレックスを装着した女性が
ドーバー海峡横断遠泳に成功、ロレックスの
防水性を広く喧伝しました。

ねじ込み式竜頭や夜光塗料を塗布した文字盤を
装備し、水深100m以上の水圧に耐えられる
「ダイバーズ・ウォッチ」は、1930年代に
軍用向けに出現していました。
潜水時間を管理する安全上の理由からも
夜光防水時計は必須でした。
イタリア・パネライ社のダイバー用大型腕時計は
その初期の例ですが、本格的な普及は
第二次世界大戦後です。
1943年にジャック・クストーが考案した
アクアラング装置が戦後に広まり、
スキューバダイビングが容易になったことが
普及の契機と見られています。

Oリング防水

ねじ込み式竜頭は原理自体は理想の方法ですが、
ねじ巻きや時間合わせで頻繁に竜頭を使うと
摩耗して気密性が下がる弱点があります。
それに代わる簡易な手段として、
裏蓋や竜頭部分のパッキンにゴムリング
Oリングと呼ばれる)を使い防水性を
確保する手法が広まりました。
リングの個数を増やせば気密性が高まり、
またリングの老化で気密性が下がっても
リングの交換で復旧できます。
あわせてケース材質をさびにくい
ステンレス製とすることも一般化しました。

Oリング方式は第二次世界大戦中には
連合国側で通常型の軍用時計に広く使われ、
戦後は大衆時計にまで普及しました。
ねじ込み式竜頭と併用してより厳重に
防水する手法も行われており、
現在ではもっとも一般的な防水法です。

だが初期のOリング式防水時計は
現代で言う「日常生活防水」レベルの
防水性能がほとんどでした。
日本でも、大衆向け価格帯の分野に
防水時計が出現した1960年代中期に、
ユーザーが「防水性」を過信して
着用したまま入浴や水泳を行い、
水の侵入で時計を故障させる
トラブルが続出したことがあります。

一部のメーカーは耐久性の要求される時計について、
一種の多重ケース構造に近い手法と
Oリングの併用で気密性を高める方法を採りました。
「オメガ・スピードマスター」はその代表例です。

宝飾腕時計

美術工芸品としての腕時計もあります。
材料に金や銀などの貴金属をふんだんに用い、
ルビーやダイヤモンドといった
宝石を散りばめた華美な装飾品としての
腕時計です。
こうした時計では、クオーツ式ではなく
機械式であることが多いです。

極端なものでは、風防に数カラットの
大粒ダイヤモンドを用いるなど、
考えうる限りの贅沢を尽した
数億円の腕時計も存在します。

複雑時計

機械式腕時計は小さなケースの中に多くの
高度な技術が込められています。
中でも「トゥールビヨン」、「ミニッツリピータ」、
「永久カレンダー」は超絶技術として名高いです。
これらの超絶技術は一握りの時計メーカー、
時計職人にしか実現できず、これらを組み込んだ
腕時計は、100万円以上、なかには1000万円を
超す価格をつけることもあります。


クロノグラフ
時刻を表示する機能に加え、ストップウォッチの
機能も組み込んだ時計のことをクロノグラフといいます。
文字板上に複数の小ダイアルを配置した
外観が特徴的です。
この機能を初めて備えた腕時計は、
1915年ブライトリング社によって
発表されたもので、飛行機の操縦士用に
開発されました。
ストップウォッチ用の針が2本ある場合、
スプリットセコンドといいます。


ムーンフェィズ
月が描かれた円盤で月齢を表示する機構です。
18世紀の天才時計師アブラアン・ルイ・ブレゲ
(Abraham-Louis Breguet 1747年 - 1823年)が
発明したとされます。


トゥールビヨン
アブラアン・ルイ・ブレゲが発明した技術で、
重力による誤差を補正するために、
主要な部品群を一定方向に常時回転させて
おく機構のことを指します。
本来、時計本体に固定されているべき
部品を回転させるため、非常に複雑な機構と
高度な技術が要求されます。


ミニッツリピータ
時計の側面にレバーを引くことで、
鐘の音色や回数で現在時刻を知らせて
くれる機構です。
クォーツ時計のアラーム機能に似ていますが、
機械式でこれを実現するためには
非常に高度な技術が必要とされます。


永久カレンダー
現在時刻のみならず、月、日、曜日、暦年が
表示でき、4年に一度の閏年も補正の必要が無い
カレンダー機構を永久カレンダーと呼びます。

デジタル化による付加機能

機械式時計と異なり、デジタル時計には
精度が必要な時間計測、カレンダー、アラームといった
機能が初期の段階から備わっていました。
そのために、各種センサー類を取り付ける
ことによって、従来の時計とは異なる機能
(気温、気圧測定、電子コンパスなど)が
付け加えられました。

性差・着用方法

腕時計は利き腕と反対側の腕
着用することが多いです。
また、女性の場合、盤面を腕の内側に向けて
着用する例も比較的多いですが、
男性においては稀なことです。
男性用と女性用の区別もあり、
女性用は男性用に比べて小型に設計されています。
中には必要以上に小型化されている例もあり、
かつてはそのような婦人時計を
「南京虫」と呼びました。
男性用サイズと女性用サイズの
中間的なサイズの腕時計は
ボーイズサイズと呼ばれています。

なお、腕時計成立の経緯から、
懐中時計に比べて腕時計は略式とみなされ、
従来は燕尾服、モーニングコート、
ディナージャケットその他の礼装時には
腕時計は着用しないものとされてきましたが、
現在ではその規範は徐々にゆるくなってきています。

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